国分寺駅南口から府中方面に坂を下って、国分寺街道に合流した右側に不動橋がかかっています。車道を通ってしまうと見逃してしまうかもしれませんが国分寺街道の橋の西側に並んで木製の橋が架かっています。橋の下には鯉が泳いでいて、橋のたもとにはベンチも置かれていますので気候の良い時には散歩の休憩場所にも良いところです。た林だけです。
日立中央研究所内の大池などから流れてきた野川がこの橋の下を流れています。また、野川が橋の下を通って右に直角に曲がった先に真姿の池から流れ出た元町用水が合流しています。
昔は不動橋は石橋だったそうです。マンションの下で目立たないのですが不動橋の北側には、庚申塔と、橋供養塔と不動明王碑があります。庚申塔は延享(1745年)に、石橋供養塔は天保3年(1832年)に建てられたとあります。石橋供養塔は、常に人に踏まれている石橋を供養する意味と、石橋を渡って村内に疫病や災いが入り込むのを防ぐ意味がある と伝えられています。不動明王碑は、村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐ意味のためと伝えられており、小さな石碑ですが、今でも花や絵馬が飾られており、信仰の対象に もなっています。
今では住宅が密集していて面影もありませんが、昭和30年代の初め頃まで、この不動橋の東側、野川の下流の北側には水田が広がっていました。但し、水田の水源は野川の水ではなく現在の殿ヶ谷度公園内や南口の崖下から湧き出た湧水で、水田を潤してから野川へと流れ込んでいました。
以上の通り、国分寺村の歴史が残されている場所ですので散歩がてら訪れて見ることをお勧めします。